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ヒト胚子・胎児の研究に3次元情報取得技術を応用する理由

ヒトの発生について

図1Carnegie stage ごとの発生の特徴

 精子と卵が受精することでヒトの発生は始まり、受精後38週で生まれる。そのうち3-9週は器官を形成する重要な時期で、胚子期とも呼ばれる。わずか数週間の間に胚子はダイナミックな変化を遂げ、ヒトらしい形態になる。また、この時期はさまざまな異常発生をおこす危険性がある臨界期でもあり、先天異常の研究にとって重要な時期といえる。

 ヒトの胚子は、同一の胎齢であっても発生の進行に個体差がみられたり、受精日の特定が難しいことなどから、胚子の大きさや胎齢によらず、形態学的分化の特徴によって発生の段階を表す方法として、カーネギー発生段階(Carnegie stage; CS)が研究領域では広く使用されている。これは、カーネギー研究所を中心に20世紀に行われたヒト胚子研究を基盤にStreeter, O’Rahillyらが提唱したものである。CSでは受精から、骨髄形成が長管骨に認められるまでの約8週を23の段階に分けている(図1)。

 胚子期の発生は3次元的な形状の変化を伴う。その複雑な変化を明らかにし理解説明するためには、3次元空間に時間軸を加えた4次元的な解析が必要になる。ヒトの組織発生学の研究は19世紀後半から1世紀以上、連続組織切片の作成、すなわち 標本を固定、包埋後、全身を5-20μm程度に連続に薄切し顕微鏡観察標本を作成する方法、を用いて解析を行ってきた。同法は大変な労力、熟練した技術が必要であり、切片を作成すると胚子がひとつ失われる、他の面で観察することはできない、別の用途には使用できない、標本の破損、染色の退色等、様々な問題がある。

図2MR顕微鏡を用いたヒト胚子画像と脳立体再構成像

 近年、CT, MRI等を利用した3次元情報の取得技術は進歩しており、筆者らはヒト胚子の画像取得・解析に同技術を応用している。長所として1)精確な、高解像度の3次元座標を取得できること、2)デジタルデータの特性をいかせること、たとえばレンダリングによる形状抽出、二次元の断面像を任意に取れる、多くの個体の比較検討が容易であること、標本の外観に加えて、各器官の定量、可視化も可能であること、4)新たな取得が容易ではない貴重なヒト胚子を壊すことなく研究を進めることができること、5)古典的な組織形態学的アプローチの限界が克服できること-(発生がすすむにつれ、胎児が指数関数的に大きくなり、軟骨形成や骨化も始まることから、解析する労力も指数的に大きくなること、さらに発生現象は立体像に加え時間軸も加わるため、古典的手法で網羅的な解析をするのは非現実的である)-等があげられる。

 筆者らは得られた立体情報の特性を活かし、従来の形態観察(立体像の観察、単純な測定)を行うとともに、多元計算解剖学的解析に取り組んでいる。ヒト発生解剖学への応用には、下記のような課題が挙げられる。

対象が小さい(数mm〜50mmくらい)(図2)。小さい個体から、いかに高解像度、正確な立体情報を得ることが出来るか。精確な立体情報があって、始めて数理解析、モデル作成等の解析を行うことが可能になる。

十分な個体数が得られるか;倫理的問題、損傷のない個体を取り出す技術の問題、保存の問題等から多数の個体を入手することが難しい現状がある。

発生学固有の問題:適切な解剖学的な点抽出の際、画像が高解像度になっても、発生の途中で重要な解剖学的な点が出現すること、また、発生段階ごとに対応する解剖学的点を正確に抽出することが難しいこと等があげられる。

参考文献

Nishimura H et al. Normal and abnormal development of human embryos: first report of the analysis of 1,213 intact embryos, Teratology, 1, 281–290, 1968.

O’Rahilly R, Müller F. Developmental stages in human embryos: including a revision of Streeter’s Horizons and a survey of the Carnegie Collection. Washington DC, Carnegie Institution of Washington, 1987.

Shiota K et al. Visualization of human prenatal development by magnetic resonance imaging (MRI), Am J Med Genet A, 143A, 3121-6, 2007.

Shiraishi N et al, Morphology and morphometry of the human embryonic brain: A three-dimensional analysis, NeuroImage, 115, 96-103, 2015.

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