アクセスカウンター

2022年9月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

1)研究の背景

ヒト胚子・胎児研究の始まり

ヒトの発生・形態形成は古くから興味を持たれていました。解析では、

  • 対象個体を得にくい
  • 対象個体が小さい
  • 立体的で複雑な形態形成をする

といった課題があります。そのため

  • 大規模なヒト胚の収集
  • 肉眼解剖とその詳細なスケッチ
  • 組織標本作成
  • 連続組織切片の作成による立体化、模型作成による可視化

が、20世紀初頭から、課題克服のための解析の手法として行われていました。

ヒト胚子・胎児標本の大規模収集

大規模収集は1900年代に米国カーネギー発生研究所で収集(カーネギーコレクション)が始まったのが最初とされます。胚子の連続組織切片を作成し、再構成する手法を用いて同研究所を中心としたグループは、多くの歴史的に重要な事実が明らかにしてきました。30mmまでの胚子(受精後約8週までに相当する)を1-23の発生段階にわけたカーネギーステージ(Streeter 1942, O’Rahilly 1987)は特に有名で、現在においても、ヒト胚子の記載、分類の上での国際的な標準となっています。また、同研究所が発行した研究報告書Contributions to embryology (1915-1966,全38巻)は、現在でも多くのヒトの発生学の教科書で引用されています。

ヒト胚子・胎児大規模標本群として、カーネギーコレクションのほか、京都コレクションBlechscmidt Collectionが知られています。(3大コレクション

京都コレクションは京都大学医学研究科附属先天異常標本解析センターに所蔵される40000体を超える大規模標本群で、先天異常の初期病理発生過程の研究、疫学的方法による各種先天異常の病因解明、さらに実験的研究による先天異常の発生メカニズムの研究への利用、など多くの活用が期待できます(Nishimura et al, Teratology, 1968; Shiota, Cong Anom Kyoto, 1991)。島根大学医学部解剖学講座が保管する胎児標本約650体は, 京都大学医学研究科先天異常標本解析センターが1960-80年まで収集した標本の一部を, 田中修前教授が1980年移管したものです。島根大学の標本群は、胎児期初期から中期の個体が中心です。

肉眼解剖と組織学的検討

得られた胚子・胎児標本は、

  • 肉眼解剖とその詳細なスケッチ
  • 組織標本作成、観察
  • 連続組織切片の作成による立体化、模型作成による可視化

解析の中心的手法として行われました。こうした解析手法は、多くの時間と労働力、そして特殊技術を必要としました。研究者、科学者だけでなく、標本作製、精巧な写真撮影、スケッチ、立体再構築モデルの作成、それぞれの専門家が集結し標本の解析にあたりました。

組織標本は、細胞レベルの解析が可能で解像度は極めて高いものの、作業に非常に手間がかかります。切片を作成すると胚子がひとつ失われる、他の面で観察することはできない、別の用途には使用できないということから、希少なヒト胚子・胎児標本群の解析には向かない面があります。立体再構築モデルの作製は、マニュアル的に行うため、ゆがみやすいという問題があります。
ガラス標本は破損の危険性、染色の退色の問題もあります。このため、貴重なガラス標本のデジタル化が進んでいます。

実験発生学への流れ

ヒトの古典的な発生学は、1960年台を境に研究者の数を減らしました。ヒトを材料とする以上、当然、人体実験のようなことはできません。古典的な観察研究に限界を感じた研究者の多くは、モデル動物を用いた実験発生学へ移行しました。また、人工中絶の方法の変化、妊娠検査の普及さらに近年の倫理的な意識の変革等は、ヒト胚子の取得を難しくしています。

イメージング技術の導入

MRI、CT等で撮像された立体情報を含んだデジタルデータは、古典的解析手法に変わる手法として期待されています。20世紀後半に開発されたMRI等のイメージング技術は、20世紀末にはヒト胎児標本の撮像へも応用されました (Smith BR et al, 1999, Scientific Am)。塩田、巨瀬らは、ほぼ同時期に京都コレクションのMRI撮像を開始しました(Shiota, et al. 2007, Am J Med Genet)。「ヒト胚の三次元データベース構築」事業が科学技術振興機構バイオインフォマティクス推進事業(2005-11)。

解像度の向上、コンピュータ処理技術の進歩、また組織標本等のデジタル化、とあわせ、ヒト胚子・胎児の解析は新たな研究分野の展開を示しています。さらに近年、臨床胎児エコーからも高解像度の立体情報が得られるようになっており、胎児標本群から得られたデジタルデータの知見との融和が期待されています。