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ヒト胎児の胃の形態 (Lewis 1912)

食道からの円錐状の広がり、噴門部の突出が特徴的である。最近出版されているヒト発生学の教科書には、こういった形態の胃はみられない。

Lewis FT. 1912. The form of the stomach in human embryos with notes upon the nomenclature of the stomach. Am J Anat 13(4):477–503.

胎児の腎・糸球体・尿細/集合管 (Oliver 1968)

胎児腎臓において、尿を収集するシステムを詳細に形態学的に追ったものである。墨絵のような、どこかで見たことがあると思わせる自然な味わいがある.

Detail of the branchings of the lateral duct
NEPHRONS AND KIDNEYS
A Quantitative Study o f Developmental and Evolutionary Mammalian Renal Architectonics
by JEAN OLIVER, M.D. Joanna Cotler Books (1968/07)

St. 10のヒト胚子 (Didusch 1929)

受精後約3週、絨毛膜を開いて現れた胚子はわずか3.1mm、頭尾、体節を持ち心臓も既に拍動している。この時期の、自然の直立した形を保った胚子は世界的にもまれで、耽美的ですらある.当時の論文の図の多くは精巧な版画によるものが多い。この発生段階10のヒト胚子はillustrator Diduschの傑作のひとつ(銅版画)である[Stage 10 human embryo; Contrib Embryol 20; 81, 1929]

胎児超音波検査 (産婦人科領域のエコー) について

14w3d

超音波検査は生体への侵襲の低さが最大の利点であり,母児に対して行う「胎児超音波検査(産科エコー)」は、画像診断法として 広く普及している検査法です。妊娠中に行う胎児超音波検査の目的は,胎児の発育・形 態・機能,さらに胎盤・羊水・臍帯を評価することにより,胎児自身の状態および胎児が 置かれている環境を把握することにあります。超音波診断装置の性能は年々向上し、最近では以前とは比べ物にならないほど胎児の詳細な情報がわかるようになってきました。

一方、胎児の病気の有無を調べる目的でなくても、超音波検査を行うと、偶然、胎児の重大な病気が見つかってしまうこともあるので、注意が必要です。偶然異常が見つかった場合、妊婦や家族に、検査結果をどう解釈すべきかや、どのような対応が選択できるのかなどを十分に伝える必要があるからです。

超音波検査は高度な専門技術、知識が必要とされ、専門の資格を有する「超音波検査士」が行うことが多くなっています。「超音波検査士」は超音波検査に習熟した医療従事者が一定の条件を満たした場合に得られる日本超音波医学会の認定資格です。胎児超音波検査を含む産婦人科領域は、主要な超音波検査領域の一つです。

私達の研究室では、胎児超音波検査のトレーニングを受けつつ、胚子、胎児研究を進められるよう体制を整えています。

“咽頭胚期” (CS12) の類似性とその意義

ヘッケルの”有名”な発生と進化の教科書の図より
この図は”でっちあげ”の図とも言われている

脊椎動物は、発生の中途で極めて似た形態をとる時期があります。この時期から僅かに発生が進むだけで、それぞれの胚は外観をかえ、その成人の姿を容易に推察できるようになります。ヘッケルが「ある動物の発生の過程は、その動物の進化の過程を繰り返す形で行われる」、いわゆる反復仮説を唱えたのもこういった観察に基づくものでした。ヘッケルの反復説が19世紀当時、大きな注目・支持を集めた理由は、個体発生と系統発生の間にあった多くの観察事例とその傾向を、非常にシンプルに説明するようにみえたからでしょう。

この類似の形態はいわゆる“咽頭胚期”と言われる時期に相当します。頭部、尾部があり、その間が分節化した構造をもつこと、この頭尾軸に沿って、神経管、消化管があること、心臓、鰓孔があることなど…この形態は、多様な脊椎動物の共通項を抜き出したものといえるかもしれません。この類似性の高い段階をPhylotypic stageといいます。

 

CS12ヒト胚子(消化管を強調)

どうして、こんなに似ているのでしょうか。それは、脊椎動物がこの時期に体の構成”body plan”の概要を決定するからで、進化的に変更が効きにくかったからだと言われています。最近の遺伝子の発現パターンをみた研究では、body planに関連した重要な遺伝子が、この時期多く発現し、その発現パターンは種間で驚くほど類似していることが示されています。このように動物が個体発生を行う際、その発生中期に進化的な変更を最も加えにくい時期が存在するという考えを発生砂時計モデルといいます。

ところで、この咽頭胚期ですが、ヒトではCS12に相当すると考えられられます。ヒトのこの時期より若い時期の胚についての研究は、進んでいるとは言えません。受精28日未満の時期であり、妊娠そのものが自覚できていない時期であること、3mm程度と非常に小さいこと、個体の形状が保持しにくいことなどの理由で、解析個体が得にくく、解析も困難だったからです。私たちは、組織連続切片をデジタル化し、最新のコンピュータ、ソフトウエアを使用して、この時期の胚子の研究にも取り組んでいます(22 Ueno et al)。

22. Ueno S, Yamada S, Uwabe C, Männer J, Shiraki N, Takakuwa T, The digestive tract and derived primordia differentiate by following a precise timeline in human embryos between Carnegie stages 11 and 13, Anatomical Rec 2016,  299, 439-449, DOI: 10.1002/ar.23314s,  (概要)

胃の形態の個体差について

子供は大人の相似形であるーというと、多くの人は反論するでしょう。少なくとも医療に従事する人でそんな乱暴な考えをもつ人はいるまい。では、ヒトの胚子の胃はどうでしょうか。最近の発生学の教科書で胃の発生の項をみますと、その絵の多くは、胃薬のコマーシャルに書かれるような絵で、本によっては「大人と相似形である」と堂々と書かれたものもあります。多分最近の教科書で勉強した医学生はヒトの胃は大人と相似形であると信じて疑わないのではないでしょうか。

デジタル化の恩恵で、以前だったら探しだすのを諦めるような古い文献も用意に入手できるようになりました。文献を遡り、ちょうど100年前にLewisという人が書いた論文に胃の形態に関するものがあります。(Am J anatomy 1912)

この論文は数例の胃の立体像の観察を記したもので、現在の教科書の胃の形態とは大きく異なります。はたして、研究材料として使用しているMRI dataをもとにわれわれがヒト胚子期の胃の形態を3次元化したところ、随分変わった形の胃が出来上がりました(8. Kaigai et al, 2014)。それはまさにLewisの絵の特徴と一致していました。そして、同じ時期のものでも個体による差があるということ、ヒト胚子の胃は十人十色であるということが新たにわかりました。

生化学や分子生物学等の進歩は実験発生学の発展をもたらしました。一方で記述中心の古典的な発生学、とくにヒトを材料とした発生学は1960年代を境にあまり行われなくなりました。私たちが研究を進める上で参考にする論文は、Lewisの胃の論文のような古典的なものがしばしばあります。実に忠実に描出された形態模写をみると、私たちの観察結果についての支持がえられた安堵感とともに、いにしえの研究者と時空を超えた交流を通して、その熱情に触れ、学術的な論文でありながら心温まるものがあります。

8. Kaigai N, Nako A, Yamada S, Uwabe C, Kose K, Takakuwa T, Morphogenesis and three-dimensional movement of the stomach during the human embryonic period, Anat Rec (Hoboken). 2014 May;297(5):791-797. doi: 10.1002/ar.22833 ,  2014 May;297(5):C1. doi: 10.1002/ar.22774. (概要), [OpenAccess]

 

Zieglerモデル(胚子立体モデルの歴史)

19世紀末から20世紀初頭、ヒトの発生が記述されるようになると、複雑な変化を理解するため、また得られた情報を広める手段として立体モデルは自然の成り行きとして登場して来ました。その原型は発生学者によって作られましたが、より専門技術を持つ”modeler”に立体モデルの作成は任されるようになります。多くのmodellerが活躍しましたが、その中でZiegler親子が作成したモデル群は、科学的な根拠に裏付けられた一方、芸術的でもありかつ堅牢なもので多くの支持を得ました。Zieglerのモデルの多くはHisの観察データをもとに作成されており、モデルの説明には、”nach His”と書かれています。1893年シカゴで行われた博覧会に出展されたモデル群は、まさに人類の誕生、進化を可視的に体現したものとして賞賛を受けました。

当時2次元の情報を3次元にかつ拡大する技術は容易ではありませんでした。Ziegler はそれをFree handで職人技として行いました。それは隅々までの解剖学的な理解と芸術的な精巧さが必要でした。彼はノギスで測定しヘラやスプーンを用いてひとつひとつ微調整を繰り返し、作品を作り上げて行ったのです。小さな平面上の情報を立体可視化したそのインパクトは相当なものだったと思われます。Zieglerはその息子とともに工房を南ドイツFreiburgに設立しました。その小さな兄弟会社は、半世紀の間の活動中に、多数の有名な模型を世に送りました。

モデルの作製法は技術革新がありました。ミクロトームを用いた連続組織切片を元に1断面づつの平板を作成して積み上げて行く方法(stacked plate method)が、Born G(1851-2000)らによって行われるようになると、作製法は平易で、早く安く客観的になり、モデル作成の間では標準的な方法になりました。しかし、Zieglerのfree hand法を信奉する発生学者も多くみられました。科学の進歩とともに発生学の分野も、事実の記述中心の研究から実験を主体とするものに変貌しました。それに伴いZieglerのモデルの需要は減少し、やがてひっそりとその歴史をとじました。しかし、輩出された多くのモデルは、ヒト発生学の体現としてヨーロッパやアメリカの大学で使われ続けました。それは、ヒトとは何か、どうやってつくられるのかーといった人間誰もが一度は抱く崇高な問いに対する解のひとつと言えなくもありません。

Blechschmidt Collection

ドイツのGöttingen大学内にあります。同大学は1737年に創設され270年近い歴史があり13学部を有する総合大学です。45名のノーベル賞受賞者を輩出することでも知られます。

Blechschmidt Collectionは医学部解剖学教室が現在保管しています。高品質の組織切片と64体の精巧な大型模型が特長で、これらは受精後8週間のほぼすべての期間の胚子をカバーしています。64体の胚子はガラスのケースに入れられ全方位から観察可能で、一般公開もされています。これらは外表に加えていくつかの器官系(循環器、呼吸器、消化器、中枢神経、骨格系など)を精確に復元しています。大きさは75cm程の大きさがあります。

2012年9月、私たちは同コレクションを訪れました。建物の地下一階にガラスケースに入れられた胚子模型が整然と並べられ、不思議な雰囲気のする空間でした。

2012.9.24撮影

2015年から、Göttingen大学との共同研究で貴重な胚子組織標本や、3Dモデルのデジタル化に取り組んでいます。

・ゲッティンゲン大学ヒト胚子コレクションの組織学的解析およびデジタルアトラス作成;基盤(B)(海外)

 

■ The Human Embryology Collection (‘Blechschmidt Collection’) at the Centre of Anatomy

University Medical Centre Göttingen(外部リンク)

3DスキャンしたCS12胚子モデルCS12 組織像

2014.9に訪問した時のデータ(CS12 胚子組織標本、3Dモデル)

22. Ueno S, Yamada S, Uwabe C, Männer J, Shiraki N, Takakuwa T, The digestive tract and derived primordia differentiate by following a precise timeline in human embryos between Carnegie stages 11 and 13, Anatomical Rec 2016,  299, 439-449, DOI: 10.1002/ar.23314s,  (概要)