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ヒト胎児心臓の心筋線維方向の追跡 ―受精後8週の心筋線維は成人と同じ配列をする―

概要

心臓は受精後3週頃には拍動を開始し生涯拍動を続けます。全身に効率よく血液を送るために心筋線維は立体的に規則的に配列される必要があります。近年、拡散テンソルMRIを用いて、心筋線維がどのように配列されているかについても検討できるようになりました。成人では心室の壁を構成する心筋線維は、層状に内側から外側にかけてゆるやかに向きを変えて配列することが示されています。胎児では、胎齢20週ころには成人と同様の心筋線維配列を示すことが知られていますが、拍動開始から20週の間の心筋線維の配列は不明でした。われわれは、京都大学大学院医学研究科附属先天異常標本解析センターが所蔵しているヒト胚標本20体を用いて、ヒト心臓の心筋線維の配列を拡散テンソルMRIを用いて検討しました。その結果、心室の壁が厚みをもち始める胚子期後半の段階において、心筋線維の配列は、成人と同様であること証明しました。今回の結果は、先天性、後天性心疾患の原因解明、診断、治療等に関わる重要な知見と考えられます。

1.背景

心臓は受精後3週頃には拍動を開始し生涯拍動を続ける、生きるために必須の臓器で、成人では200-300gあります。心臓の大部分は心筋という特殊な筋肉から作られています。特に心室は心筋が袋状になり、全身に効率よく血液を送るために心筋線維が規則的に配列される必要があります。心筋線維の配列は、解剖学者Torrent-Guaspの心筋バンド説(心臓の壁を構成する心筋を広げていくと、1枚の帯状のものになる)が長い間信じられていました。近年、MRIという機器を用いて、心臓を取り出さずに、その形態や構成する物質の性質を調べることが可能になり、心筋線維がどのように配列されているかについても拡散テンソルMRI(DT-MRI)法という解析方法を用いて検討できるようになりました。心室の壁を構成する心筋線維の向きは、どの壁においても、層状に内側から外側にかけてゆるやかに向きを変え、らせん状に配列することが示されており(メッシュモデル)、心筋バンド説は否定されています。

ヒトに心臓の心筋線維の配列は、いつごろからどのように形成されるのでしょうか。これまでの研究では、胎齢20週ころにようやく成人と同様の配列を示すことが報告されています。そうすると、拍動開始(3週)から20週の間も、心臓は拍動しているわけですが、その間、心筋の配列はどうなっているのかという疑問が湧いてきます。そこで我々は、ヒト心臓の心筋線維の配列を24週の胎児から発生をさかのぼって検討することにしました。(図1)

2.研究手法・成果

心筋の壁が組織学的に形成されるには、心臓が2心房2心室の4つの部屋に別れ、冠状動脈という血管が形成され、心筋への血流が確保されるカーネギーステージ(CS)22(第8週中頃)であることがわかっています。そこで、それよりも若いCS20(第8週初め)までを解析対象としました。

解析の成功のためには、良質なヒト胚子標本の確保と、小さい標本を解析するために解像度の高い撮像装置、撮像条件の検討、解析法の確立が重要です。(胚子期後半の心臓は米粒ほどの大きさしかありません!!)

良質なヒト胚子標本として、附属先天異常標本解析センターが収集、保管している、ヒト胎児大規模標本群(京都コレクション)を使用しました。この標本群は、世界最大規模の研究リソースとして知られており、その利用については京都大学大学院医学研究科・医学部及び医学部附属病院 医の倫理委員会の承認のもとで研究が行われています。撮像装置としては、医学研究科医学研究支援センターが保有している前臨床用7T-MRIを用いました。撮像の対象及び目的に特化させた撮像条件と直径19mmの高感度MRIコイルを併用してDTI撮像データの質の改善を行いました。

その結果、心室の壁が形成され厚みをもち始める胚子期後半の段階(CS20-23)においても、心筋線維の配列は、成人と同様の配列を示すことを示すことができました。(図2、3)

3.波及効果、今後の予定

心臓の病気には、発生過程の異常に基づくものが多くあります。その意味で、今回心臓の動力の源である心筋の配列過程を経時的に追求できたことは大きな意義があります。ただ、心拍動の開始から8週までの期間については、装置の解像度の問題から現在の方法での解析が難しく今後の課題と言えます。今回の結果は、先天性、後天性心疾患の原因解明、診断、治療等に関わる重要な知見で、その発展に貢献することが期待されます。また、今回得られたDT-MRI撮像、解析技術は、心臓以外の他の臓器の形態形成の解析にも応用できるものと考えられます。

<研究者のコメント>

胚子期後半の心筋線維の配列がすでに大人の配列と同様というのは、当然とは言い切れません。発生学の原則として、“ヒト胚子はその発生の各段階で生きており、各段階で適切な状態を維持している”(Heuser & Streeter 1941)があります。それに従えば、心臓(心筋)は、成人の完成図を目指して性急な成長をするのではなく、発生段階の心臓の形状や他の諸器官と協調して、心筋の走行や分布、成長が異なることも十分に想定されることだからです。

<西谷さんの修士論文の概要>

Nishitani S, Torii N, Imai H, Haraguchi R, Yamada S, Takakuwa T, Development of helical myofiber tracts in the human fetal heart: Analysis of myocardial fiber formation in the left ventricle from the late human embryonic period using diffusion tensor magnetic resonance imaging. Journal of the American Heart Association, 2020,  19(9) doi:10.1161/JAHA.120.016422

Willis輪の形成とその異常

Willis輪とは

Willis輪は、脳底部において、椎骨動脈と内頚動脈の枝が連絡して形成される輪状ないし六角形の動脈吻合物で、脳への血液供給を担う。それは、1本の前交通動脈(Acom)と、左右の前大脳動脈(ACA)、内頸動脈(ICA)、後交通動脈(Pcom)、後大脳動脈(PCA)の5種類の動脈から構成される。Willis輪は、脳血流を安定させ、一定に保つ側副血行路としての作用があり、脳血管の閉塞や狭窄において血流の代償的メカニズムとして役立つとされている。また、血流よりも血圧の安定化に重要という説もある1-3。その形態は多様であり、完全な輪状を成す個体は、ヒト成人では約5-28%といわれている。また、ヒト成人では、特にAcom(5~32 %)やPcom(23~81 %)、前大脳動脈のA1領域(1~16 %)、後大脳動脈のP1領域(7~29 %)に低形成・無形成が生じやすいとされているが、報告によりばらつきがみられる4。それらは脳梗塞などの脳血流障害の重症度や予後を左右する1.2

図1 主要脳血管の発生の3段階

Willis輪ができるまで

Pagetは脳内の血管系の形成について7段階にわけ詳細かつ精確に記述しており、現在まで多くの教科書、論文で引用されている5.6

脳血流は、Carnegie stage(CS)13 (受精後約30日)ころまでは、背側大動脈から分岐する内頚動脈(ICA)と,脳幹部に沿って網状に伸びるlongitudinal neural artery (INA)からなる。INAは脳幹の左右に分布する血管で、網状に分岐、融合を繰り返している。内頚動脈はCS11~13(受精後約25-30日)に発達がみられる。内頚動脈とINA間には、血管吻合(segmental artery)が複数みられる(図1A; 三叉神経動脈(tga), 舌下神経動脈(hga),前環椎動(paa))。

CS14(受精後約33日)に後交通動脈が形成され、左右のINAが次第に融合し脳底動脈(BA)を形成し始めると、これらsegmental arteryは消退する。このようにsegmental arteryは、発生途中の4-8日間限定でみられ、比較的太い三叉神経動脈もCS17(受精後約43日)ころには消退する。これらsegmental arteryの遺残は、成人でもみられることがあり、脳外科領域の手術時に問題になることがある。

CS16(受精後約40日)ころに椎骨脳底動脈(VA+BA)は完成する。CS17には前大脳動脈・中大脳動脈(MCA)・後大脳動脈(PCA)の大脳動脈の発達が顕在化する。胚子期では、加えて前後の脈絡叢動脈(acha, pcha)の発達が目立つのが特徴である。これは、脈絡叢が胎児期中盤から大脳の栄養供給など機能的に重要な役割を果たすことと関係がある(図1B)。成人のWillis輪のvariationのうち胎児型(fetal type)と呼ばれるもの(後大脳動脈のP1領域の途絶)は、図1Bの時期のものを想定して命名されている。大脳半球後部、中脳、後脳,の血流供給は、内頚動脈由来の後交通動脈を介しての血流が胚子期初期から中期の一定期間こそ役割の多くを担うが、次第に椎骨脳底動脈系(VA.BA)の血流が優位となる。この傾向は、発生が進み大脳の発達が著明になるにつれて、内頚動脈由来の多くの血流が前大脳動脈, 中大脳動脈領域の大脳に割り当てられることと関係がある(図1C)。後大脳動脈の発達とともに後交通動脈、前後の脈絡叢動脈,は退縮する。

CS20~21(受精後約52-54日)に前交通動脈を介して左右の前大脳動脈が吻合することでWillis輪が完成するとPagetは述べている5.6。本邦の標本を用いた我々の検討ではWillis輪の完成はCS22-23頃(受精後55-60日)と、Pagetの報告よりも若干遅かった8。人種による差かもしれないが、理由は不明である。

胚子期末(CS23,受精後60日ころ)の特徴

図2 胚子期末のWillis輪

胚子期末の完成直後のWillis輪は成人と比較すると以下のような特徴がある(図2)8

1) Willis輪は平面上になく、階段状である。また、後部の脳底動脈-後交通動脈との接続領域にはヘアピン状の大きな屈曲がみられる。これは、胚子期の脳胞の中脳上方の強い頭屈(cephalic flexure)や間脳の腹側の形状に沿うためである(図2B)。

2) 強い屈曲部は太く、多くの血管が出る。胚子期末では、大脳の前半部に比べて、中脳、後脳、大脳半球後部の血管は再構成の途上であると考えられる5.6(図2C)。

3)内頚動脈は蛇行している。また、後交通動脈の分岐点と中大脳動脈とは、成人と比較して離れている。

4)後交通動脈は成人と比較して長い。

5) 椎骨脳底動脈は2本の網状に走るINAが癒合し形成されるため、太さが一様でなくしばしば蛇行する。窓形成(Fenestration)や脳底動脈の重複等もみられることがある。

図3 Willis輪前方領域(前交通動脈、前大脳動脈)にみられたvariationの自験例8 数字は、出現した例数を示す。

胚子期末のWillis輪の個体差(variation)

Willis輪の個体差は基本的には成人のそれと同様の部位にみられる。

自験例20例のうちVariationは17例にみられ内訳は—前方部のみ10例(前交通動脈、前大脳動脈), 後方部のみ1例(後交通動脈)、前方と後方の合併6例である。後方部のvariationは、すべて一方の後交通動脈の径が細い例(hypogenesis)であった。

前交通動脈、前大脳動脈のvariationの例、頻度は図3の通りで、成人、胎児、新生児、幼児9-13でみられるvariationの内訳、頻度と概ね同じであった。前交通動脈の重複は胎児期には優位であると報告される14.叢状の前交通動脈は胚子期のWillis輪完成前には多くみられることから成人のそれは残存であると考えられる6。正中前大脳動脈(Median ACA)は、脳梁等への血液供給を担い、通常は血管再構成によりのちに消失する脳梁中間動脈である。胎児・新生児では64%にみられるが成人でも(3.2~22.0%)に残存する14,15。前大脳動脈の低形成のため、代償的に正中前大脳動脈が発達する可能性が考えられている。前交通動脈領域にみられた窓形成(fenestration), 叢状、正中前大脳動脈は、同領域における脳動脈瘤に関与する可能性がある。

後方部を構成する血管(脳底動脈,後大脳動脈、P1領域)やそこから分岐する血管は太く、後交通動脈はそれと同等かやや細いとされている16。自験例では、後方部のvariationは、いずれも一方の後交通動脈の径が細い例であった。

図4 Willis輪前方領域のvariation

胎児期から出生まで

Willis輪の血管径は胎児期前半までは、部位による差は顕著ではないが、4ヶ月頃から差が出てくるとされ、後交通動脈はP1に比べ細くなる17,18。この現象は、上述したように中脳、後脳や後大脳動脈などの後部大脳半球の血流供給が、次第に椎骨脳底動脈系の血流に優位に依存することと関係する。

一方で、P1の血流のない胎児型のvariationは4ヶ月以降にみられ始め、出生時には20%程度にみられると言われる9,12,13,19

まとめ

胚子期の脳血管の走行は、脳の成長に伴う需要に応じて、分岐、融合を繰り返す叢状の血流から再構成し確立した血管に変わっていく。このことがvariation,異常例、動脈瘤を生む遡上となっている。Willis輪についていえば、前方部の領域(前後交通動脈、前大脳動脈)は胚子期にすでに多様性がみられ、それが成人期に及んでいる可能性は十分に考えられる。一方、後方部におけるP1の途絶は、胚子期には見当たらず胎児期中期ころからの変化と考えられる。後交通動脈は、胚子標本の一部で低形成がみられる。一方で加齢とともに後交通動脈の狭小化、閉塞をきたすデータも報告されており、先天的なもの(hypogenesis),後天的なもの(萎縮等の退行性変化)の両者を考える必要があると考えられる。

参考文献
Furuichi K, Ishikawa A, Uwabe C, et al. Variations of the circle of Willis at the end of the human embryonic period. Anatomical Rec 2018, 301, 1312-9.

 

肝臓について (Mall 1906)

80ページを越えるMallの論文では、肝内部の脈管構造、組織構築が詳細に観察されている。一方で、外表観察は、申し訳程度であった。ー肝臓は上面のみに発生段階毎の規則性がみられる。腹腔内への広がりは腹腔内の空間にあうように成長するため規則性はない (3例の胚子肝臓の観察から-Mall 1906)ー。肝臓は腹腔内最大の器官であり、胚子期には腹腔のほぼ全体を占める。場所を失った消化管は臍帯(へそ)の中に避難する、と一般的には解釈されているが、果たして肝臓は腹腔を「占拠する」のか、「隙間を埋めている」のか?。

It is seen that only their upper surfaces are regular in form from stage to stage; the processes extending into the abdominal cavity are irregular, to fit into the spaces that there are for them to grow into.

胚子期後半の頭部血管叢 (Finley 1922)

胚子期後半に頭部の外表に赤いはちまきのような輪を観察することができる。網状の血管が互いに癒合している。血管形成の最先端である (Finley 1922)。

胚子期の脳血管の走行 (Padget 1948)

胚子期の脳血管の精巧な図である。Padgetはもともとはillustratorとして入職したが、高い観察能力が評価され研究者( Neuro science)になった。

Padget DH. 1948. The development of the cranial arteries in the human embryo. Contr Embryol 12: 205-261.

 

ヒト胎児の胃の形態 (Lewis 1912)

食道からの円錐状の広がり、噴門部の突出が特徴的である。最近出版されているヒト発生学の教科書には、こういった形態の胃はみられない。

Lewis FT. 1912. The form of the stomach in human embryos with notes upon the nomenclature of the stomach. Am J Anat 13(4):477–503.

胎児の腎・糸球体・尿細/集合管 (Oliver 1968)

胎児腎臓において、尿を収集するシステムを詳細に形態学的に追ったものである。墨絵のような、どこかで見たことがあると思わせる自然な味わいがある.

Detail of the branchings of the lateral duct
NEPHRONS AND KIDNEYS
A Quantitative Study o f Developmental and Evolutionary Mammalian Renal Architectonics
by JEAN OLIVER, M.D. Joanna Cotler Books (1968/07)

St. 10のヒト胚子 (Didusch 1929)

受精後約3週、絨毛膜を開いて現れた胚子はわずか3.1mm、頭尾、体節を持ち心臓も既に拍動している。この時期の、自然の直立した形を保った胚子は世界的にもまれで、耽美的ですらある.当時の論文の図の多くは精巧な版画によるものが多い。この発生段階10のヒト胚子はillustrator Diduschの傑作のひとつ(銅版画)である[Stage 10 human embryo; Contrib Embryol 20; 81, 1929]