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病理学の現状について-広報H20.6.30.着任の挨拶より-

 平成20年4月1日付で大阪大学大学院医学系研究科病態病理学より着任致しました。宜しくお願い致します。
京都大学にきて、まず名刺を作ることにしました。ところが困ったことに、自分の所属の正式名称が分からないのです。応募したときの公募要項をみたり、辞令をみたり、大学のホームページをあれやこれや検索したのですが、微妙にそれぞれ違うし、大学院と学部とでは名称が違う。?医療、基礎、臨床、展開学? 分野、講座、コース、保健、人間健康科学??名刺に誤りがあると大変です.印刷をためらっているうちに、名刺が本当に必要な最初の2週間位が過ぎてしまいました。そのうち学生から「4月から保健学科は人間健康科学科に変わった」という新情報を得ました。私は、大阪で送別の挨拶をするときには「京大の保健学科に行く」と言ったのに、早速訂正しなくてはならなくなりました。ようやく2ヶ月になりましたが、私は、未だに自分の所属を正確に言えないでいます。
名刺の所属には(病理)と付け加えました。
私は、理学部で「二枚貝の貝柱」の研究をし、医師として救急医を経験し、その後病理学の分野に10年間身をおいています。ですから「病理学」で教授に選ばれたことには偶発性を感じます。ところで、病院や医学科(基礎)では、病理といえば、病理診断、研究をするという生態的地位(niche)があります。つまり「私は病理をやっています」といえば、お互いに通じる安堵感があるのです。こちらへ来て、このnicheは虚栄かもしれないと思い始めています。なるほど、講義では病理学総論、各論などを担当していますが、それ以外で病理のnicheは、実は関係ないのです。また、個人的見解ですが、病理学は、衰退の危機に直面しています。病気のメカニズムを研究するという意味での病理学研究に関しては、基礎医学の分野との境界はなくなり、いずれ吸収され消滅するかもしれません。一方、病理診断は今や最先端の医療を担う上で欠かせないわけですが、この病理診断技術は、驚くべきことに細胞、組織切片を染色し検鏡するという古典的手法が、ほぼ唯一無二です。古典的手法ゆえの安定感と低コストが長所となっているともいえますが、技術改革から取り残されている点は否めません。また、診断術は人間の眼にたよる職人的、古典芸能的要素が強く、科学が入り込みにくくなっています。日本の「病理学」者の多くが研究を離れ病理診断に流れて行く現状を是認していると、「病理学は科学性がない学問である」と誤認される危険性がありはしないか。病理学は本来病気の本質を追求するものでなくてはならないのに。現在、医学科を離れて客観的に病理のnicheを見直すと、この危機的状況はより深刻に思えます。
名刺の所属に(病理)と付け加えた理由は、自分の現在のnicheを保つことによって不安を解消するためだろうと思います。私はこれからの京都大学での職務を通じて、これに替わりうる新しいnicheを確立するように努めたいと思います。
この初版の名刺、最初の2週間を過ぎたためか、なかなか減らずまだ数年は持ちそうです。次の印刷のときに(病理)を再び付け加える必要性があるどうかーそれはまた、そのときの状況で考えようと思います。

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