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胃の形態の個体差について

子供は大人の相似形であるーというと、多くの人は反論するでしょう。少なくとも医療に従事する人でそんな乱暴な考えをもつ人はいるまい。では、ヒトの胚子の胃はどうでしょうか。最近の発生学の教科書で胃の発生の項をみますと、その絵の多くは、胃薬のコマーシャルに書かれるような絵で、本によっては「大人と相似形である」と堂々と書かれたものもあります。多分最近の教科書で勉強した医学生はヒトの胃は大人と相似形であると信じて疑わないのではないでしょうか。

デジタル化の恩恵で、以前だったら探しだすのを諦めるような古い文献も用意に入手できるようになりました。文献を遡り、ちょうど100年前にLewisという人が書いた論文に胃の形態に関するものがあります。(Am J anatomy 1912)

この論文は数例の胃の立体像の観察を記したもので、現在の教科書の胃の形態とは大きく異なります。はたして、研究材料として使用しているMRI dataをもとにわれわれがヒト胚子期の胃の形態を3次元化したところ、随分変わった形の胃が出来上がりました(8. Kaigai et al, 2014)。それはまさにLewisの絵の特徴と一致していました。そして、同じ時期のものでも個体による差があるということ、ヒト胚子の胃は十人十色であるということが新たにわかりました。

生化学や分子生物学等の進歩は実験発生学の発展をもたらしました。一方で記述中心の古典的な発生学、とくにヒトを材料とした発生学は1960年代を境にあまり行われなくなりました。私たちが研究を進める上で参考にする論文は、Lewisの胃の論文のような古典的なものがしばしばあります。実に忠実に描出された形態模写をみると、私たちの観察結果についての支持がえられた安堵感とともに、いにしえの研究者と時空を超えた交流を通して、その熱情に触れ、学術的な論文でありながら心温まるものがあります。

8. Kaigai N, Nako A, Yamada S, Uwabe C, Kose K, Takakuwa T, Morphogenesis and three-dimensional movement of the stomach during the human embryonic period, Anat Rec (Hoboken). 2014 May;297(5):791-797. doi: 10.1002/ar.22833 ,  2014 May;297(5):C1. doi: 10.1002/ar.22774. (概要), [OpenAccess]

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